2012年8月13日月曜日

夏のひる談義

隣の先生の所に来ている東大の大学院生をうちに呼んでコーヒーを飲みながら3時間ほど話した。20代だが、すでに本も2冊出している気鋭の政治学者である。彼が出した本(2011年)のテーマが60年代という。つまり60年代安保から話は始まっている。

われわれ社会学のクラスで毎年出しているクラス雑誌の9号と10号(2004年、5年)で60年安保についてクラスメイトのアンケートをとったので、それを引っ張り出して彼に見せた。あのアンケートをやってからもう8年経っている。

彼がデモの後、脱げた靴が山となっていたというのは本当ですか、その状況が飲み込めないらしく聞いてきたが、その
話もアンケートに出てくる。今は故郷の札幌に帰っている男だが「樺さんの時だったと思う。国会前で隊列の後方に居たら確か前のほうで女の子が死んだ、と聞いたように思うから、道に靴なんか散乱していて夜中まで騒いだ。電車もなくなった」と書いている。

この8年前にやった「60年安保アンケート」はもう立派な歴史資料になって、少壮の政治学者の資料になるということだ。なにかAgoraを出していて良かったという気持ちがしてきた。

2012年8月8日水曜日

軽井沢マルシェとか

午後、お茶を飲みに自転車で星野のハルニレテラスに行ってみると、もう終わった筈の「軽井沢マルシェ」の赤い旗がひらひらしていて、野菜などを売る露天が出ていました。

何でもテレビの撮影があるのでわざわざ今日一日の営業とのこと。マリー・アントワネットの侍女のような格好をしたタレントがスタッフに囲まれていました。涼しいせいか、平日のせいか、あまり人出も多くありませんでした。

星野さんの一族の友達がブルーベリージャムを作ったといって届けてくれました。さきほどハルニレテラスの「沢村」で買ったパンと明日の朝食が楽しみです。

2012年8月7日火曜日

詩画展の次は写真展

数年前、軽井沢で知り合いになったハワイ在住の写真家、カメラマンではなくフォトグラファーのトム・ハール、Tom Haarが今日から26日まで軽井沢銀座のど真ん中の観光会館で写真展をやることになりました。3年間準備しての展覧会です。タイトルは「夢の風景・軽井沢・」です。彼は東京で生まれ、戦争中3年は両親、兄弟で軽井沢に住んでいました。子供のときに軽井沢で育ったのでこの町に対する愛情は人一倍です。

題材は総て軽井沢で撮った写真をモノクロームで夢の風景として抽象化しています。軽井沢への思いが静かに表現されています。

軽井沢ナショナルトラスト主催ということもあって、昨日、展示の手伝いをメンバーの何人かで行いました。軽井沢観光会館の展示室はなんといっても専門のギャラリーではないので、本職の東京の美術館のプロである仲間の奥さんが手伝ってくれて、どうやらトムが納得のいくように出来ました。

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2012年8月6日月曜日

信濃追分 油屋プロジェクト始動

昨日は軽井沢も太陽の日差しが強く、紫外線が最高度に出たようで、日焼けしてしまいました。今朝は今9時過ぎですが久しぶりに雨が降っています。気温も20度少しでかなり涼しい感じです。

昨日は午前中、年1回の慶応の医学部の同級生が中心に軽井沢でテニスをするドクターズテニスの会があり、それに参加して、午後自転車で戻って家の近くで内村鑑三さんのお孫さんにばったり、そこで長い立ち話をしました。その後、友達夫妻が孫を連れてやってきて、お喋りの孫と遊び、その後、彼らと夕食を焼き鳥屋で食べました。

一昨日、追分に行って、油屋プロジェ口の進行状況を見てきましたが、順調な仕上がりでお客さんも結構来ていて安心しました。古本市もこの一週間それなりの成果があったと思われます。猫町カフェで一休みして、総ての部屋を見てまわりました。丁度、友達夫妻も居合わせて盛り上がりました。

2012年8月2日木曜日

8月


例年、軽井沢を避暑地として”発見”してくれたカナダ人宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーを記念する式典が、ショー記念礼拝堂となっている教会で行われます。

その日の朝、ショーの胸像をきれいにしようとこの教会の司祭がバケツの水で洗っているところです。

海外から日本に布教のために派遣された宣教師達も高温多湿の東京や大阪で夏を過ごすことは大変だったようで、夏を休養することが認められていたようです。彼らの本国である欧米からアジア、アフリカ、中南米という地域に派遣されるということは大変勇気のいることとされていた時代でもありました。

また、日本では現在でも全く定着していない”避暑”という生活様式もパンやジャムやソーセージなどとともに、こうした宣教師達によってもたらされたもので、軽井沢はその代名詞になっているのです。

昨日も、このショー祭のあと、古い時代の軽井沢を知っている両親はハンガリー生まれのアメリカ人と1時間ほど話したのですが、”避暑”を当たり前だと思っている彼らの生活感はかなり違います。これについては私の別のブログ「迷・隠居志願」で語りましょう。

2012年7月31日火曜日

牧神の午後




「私は女優だから音楽がバックで朗読するのは好かないの」「でも、ドビュシーの牧神は使ったわ」北杜夫の「幽霊」という小説からの朗読会を彼女と3人の俳優で行った。ぼくは同じ下宿に住んでいる医学生がかけているレコードの曲をたずねるとその学生がドビュシーの牧神の午後と答える、という設定です。

女優の頭にはこの朗読劇が未だ余韻を持って駆け回っているようです。9月に東京で公演するというので準備に奔走している最中、これから軽井沢駅発のバスに乗って東京に帰るというので、時間つぶしにお昼を一緒に食べようということになりました。

この朗読劇の舞台となったのは写真の「睡鳩荘」といって、元作家でサルトル、ヴォーボワールの友達でもあった朝吹登水子が所有していた山荘の広間です。サスペンダーで吊ったベージュのズボンと長袖のシャツが如何にもこの山荘に似合うのです。舞台変わって東京公演はどのような振り付けになるでしょう。

2012年7月30日月曜日

おおらかな時代への復帰


なだいなだ(先生)が「おおらかな時代」という事を言ったので、これは大切な事を話してくれたと、それから思いついて、ギアチェンジをすることにしましたが、はたしてうまくいくでしょうか。なかでも特に注意することは、彼も言っていた「寛容」ということです。

今一番難しいのはこれでしょう。テレビを見て野田総理に向かって「何をバカなことを言っているんだ」と怒る友達を知っていますが、国会討論など見ていれば数分おきに怒らなければなりません。テレビを見ないという友達もいますが、これも一つの方法です。

しかし、野田総理がどんなバカのことを言っても、これが現在日本の総理大臣の水準で怒っても仕方が無いというのは
「寛容」というより「諦観」ですね。

友達が酔っ払って植え込みに突っ込んだというのを笑ってやるというのはどうでしょう。これは友達が誰かによりますね。日頃からおっちょこちょいの友達なら「諦観」、普段、慎重で格好良くしている友達なら「寛容」になるでしょう。

この写真は「寛容」な気分を養うための軽井沢タリアセン、塩沢湖の風景です。