
このところ浅間山にも雪が降っていません。よく見るとすこし溶けて山肌が見えています。気温が低いので、山の上はかりかりのアイスバーンでしょう。昨日は、軽井沢ナショナルトラストの新年会がありました。話題は「軽井沢検定」でもちきりです。教科書として作った本は2000部がほとんど完売でしょうか。近々行われる試験も応募者殺到だそうです。やはり軽井沢という名前は魅力があるのでしょう。軽井沢ナショナルトラストの仲間は教科書作成に協力した人たちで苦労話が尽きませんでした。
2009年6月まで軽井沢リゾートオフィスで書いてきたものをこちらのブログに引き継ぎますが、軽井沢にいるときだけではなく、東京のときも日記風に書かせてもらいます。私の視点として、何事にもとらわれることのないことは良いのですが、別の言い方をすれば視点が定まらないということもあります。足が地に着かない、浮遊感がうまく出せればと思います。




水曜日辺りから次第に今年のというかこれからの仕事のコアとなる部分が見えてきました。私は人と話ながら自分の考えをまとめていくタイプなので、この2,3日に話し合った内容から見通しがついてきた感じです。話し相手になってくれた人達からいろいろヒントを貰いました。よく考えてみると、私自身もかなり面白い経験を面白い人達とやってきて、これは次世代にリレーしていく価値のあるものだと思いました。そして、私は日本の政策の変わり目にいて、その時の国土都市住宅政策、経済産業政策、農業政策、金融財政政策のリーダーだった人達と一番端の方でありましたが、一緒に仕事をしてその最後を看取り、次の時代の模索をしているところを見てきたのです。これをうまくまとめてみると非常にエキサイティングなものとなり、次の仕事の展望が開けそうです。
NPO国際人材交流支援機構の方は今日が仕事始めです。事務局長を囲んで理事3人で挨拶してからお昼を一緒に食べました。正月の4日、レストランの多くはまだオープンしていません。中国人は働いているだろうと中華料理屋に行きましたが、やはり門前に列をなしていましたのであきらめて、次はネパールに行きました。やはり、やっていました。ここも満員のようで前に3人ならんでいましたが、ネパール人は融通無碍なのか、奧へ奧へと案内し、地下にある普段は宴会用の部屋に案内されました。スタフも普段は見かけない若いネパール人の学生のようです。「忙しそうですね」というと「日本語はあまりわかりません」と「busy?」「Very busy.」日本の福神漬けのかわりのような大根のカレー、芥子漬けのようなものがセットについているのですが、これが結構いけました。
友達から送られてきた北海道の雑誌「カイ」を読んでみました。古本とジャズの特集だったのですが、これはなかなか意味深ですね。「北海道」、「古本」、「ジャズ」というのは地域の今後の可能性を感じさせます。私の場合はこの3つにそれぞれ友達との関係が問題です。北海道は毎年小樽で待っていてくれる友達、古本は信濃追分の古本屋、ジャズは新宿のジャズ・バーの片隅で夜な夜な耳を傾けている友達です。この雑誌は信州の雑誌「KURA」に比べるとやや文化度が高いですね。季刊だからそれができるのでしょうか。読者が二極分解しているなかで、写真を多様して「見る」雑誌と文字を大切にして「読む」雑誌とが併存してうまく生き残ってくれるといいですね。
テレビでロード・オブ・ザ・リングを一挙に放映というのがあり、10時過ぎから見始めたのですが、日差しがテレビの画面を見難くし、集中力が2時間も続かず、お昼過ぎ昼食を兼ねてに外に出ることにしました。日向は暖かく、日影は寒いので、道を選んで歩きました。青山通りに出てブログ用に何か面白いものはないかとカメラを向けて気がつきました。これが東京というか日本で代表的な通りでしょうか。六本木ヒルズのビルが見えるところは、再開発のためビルが壊された跡でしょうか、一時駐車場に使われていますが、道路の反対側から見るとまるで焼け跡のようです。全くきれいではありません。街路樹を港区が切り倒してこの有様です。スタバやドトールが開いていましたが、サンマルクに入って少し固くなったビザパンとカフェオレにしました。ピーコックでお餅を買い増ししてぶらりぶらりと戻りました。
