2010年1月31日日曜日
軽井沢検定
このところ浅間山にも雪が降っていません。よく見るとすこし溶けて山肌が見えています。気温が低いので、山の上はかりかりのアイスバーンでしょう。昨日は、軽井沢ナショナルトラストの新年会がありました。話題は「軽井沢検定」でもちきりです。教科書として作った本は2000部がほとんど完売でしょうか。近々行われる試験も応募者殺到だそうです。やはり軽井沢という名前は魅力があるのでしょう。軽井沢ナショナルトラストの仲間は教科書作成に協力した人たちで苦労話が尽きませんでした。
2010年1月29日金曜日
魚屋のランチ
2010年1月26日火曜日
池袋芸術劇場
2010年1月21日木曜日
軽井沢陶房
2010年1月19日火曜日
寒い話
2010年1月17日日曜日
零下15度
今朝は零下15度を超えたようです。今年、最低の気温です。下の部屋の窓のところは部屋の中の方に霜がおりていました。寝ていても頭が痛くなるような寒さです。寒さで目覚めてしまう明け方の5時にはヒーターを入れて改めて寝ることにします。ヒーターの音がやかましいなあと思っているうちに寝入ってしまい、気がついたら8時少し前になっていました。昨日は午後取材、取材先のご夫妻と夕食を一緒にして、家まで送って頂いて、車を降りたらがんがんの冷え込みで,木々の梢を通して空にはオリオン座がきらめいていました。光が瞬いているときは風があり、冷え込みが一段と強くなるのです。不凍結栓を抜いて水道を総て落とし、洗面の一カ所だけ水を細く流し放しにしておきます。首にはタオルと巻いて寝ます。幸い足裏にホカロンを当てていたので、足先は冷えることなくベッドに潜り込むことができました。
2010年1月15日金曜日
雪に囲まれたわが家で
10時半に軽井沢駅で丁度0度で、天気も良くそれほど寒くは感じませんでした。しかし、家が冷え切っていて、暖炉を温めて、ヒーターの温度が20度になるには4時間ほどかかりました。部屋のテーブルに捨て忘れたお茶はがんがんに氷っていていました。あやうく茶碗が割れるところでした。北側にある風呂場もがんがんに氷っていて、水を出してもすぐに凍り付いて水道は使えません。零下10度の日が続いたので仕方ありません。東京と往復生活は冬はかなり大変です。冬はホテルという人もいるのはそのせいでしょう。家が暖まるまで、足先の冷たいのはホカロンで、あとはコートを着たままで薪を外から暖炉まで10往復ほどしました。加藤周一の関係でどうしても鴎外を読まねばならず、立ち見書見台で読み、4時にはお風呂にはいって一度身体を温めて再度挑戦です。
2010年1月14日木曜日
夜の有楽町
2010年1月12日火曜日
恵比寿の江戸時代
2010年1月11日月曜日
自転車スタイル
2010年1月9日土曜日
今年の仕事
水曜日辺りから次第に今年のというかこれからの仕事のコアとなる部分が見えてきました。私は人と話ながら自分の考えをまとめていくタイプなので、この2,3日に話し合った内容から見通しがついてきた感じです。話し相手になってくれた人達からいろいろヒントを貰いました。よく考えてみると、私自身もかなり面白い経験を面白い人達とやってきて、これは次世代にリレーしていく価値のあるものだと思いました。そして、私は日本の政策の変わり目にいて、その時の国土都市住宅政策、経済産業政策、農業政策、金融財政政策のリーダーだった人達と一番端の方でありましたが、一緒に仕事をしてその最後を看取り、次の時代の模索をしているところを見てきたのです。これをうまくまとめてみると非常にエキサイティングなものとなり、次の仕事の展望が開けそうです。
2010年1月8日金曜日
饅頭日和
2010年1月6日水曜日
転坂(ころびざか)
2010年1月5日火曜日
仕事始め1
NPO国際人材交流支援機構の方は今日が仕事始めです。事務局長を囲んで理事3人で挨拶してからお昼を一緒に食べました。正月の4日、レストランの多くはまだオープンしていません。中国人は働いているだろうと中華料理屋に行きましたが、やはり門前に列をなしていましたのであきらめて、次はネパールに行きました。やはり、やっていました。ここも満員のようで前に3人ならんでいましたが、ネパール人は融通無碍なのか、奧へ奧へと案内し、地下にある普段は宴会用の部屋に案内されました。スタフも普段は見かけない若いネパール人の学生のようです。「忙しそうですね」というと「日本語はあまりわかりません」と「busy?」「Very busy.」日本の福神漬けのかわりのような大根のカレー、芥子漬けのようなものがセットについているのですが、これが結構いけました。
2010年1月4日月曜日
北海道の雑誌「カイ」
友達から送られてきた北海道の雑誌「カイ」を読んでみました。古本とジャズの特集だったのですが、これはなかなか意味深ですね。「北海道」、「古本」、「ジャズ」というのは地域の今後の可能性を感じさせます。私の場合はこの3つにそれぞれ友達との関係が問題です。北海道は毎年小樽で待っていてくれる友達、古本は信濃追分の古本屋、ジャズは新宿のジャズ・バーの片隅で夜な夜な耳を傾けている友達です。この雑誌は信州の雑誌「KURA」に比べるとやや文化度が高いですね。季刊だからそれができるのでしょうか。読者が二極分解しているなかで、写真を多様して「見る」雑誌と文字を大切にして「読む」雑誌とが併存してうまく生き残ってくれるといいですね。
2010年1月3日日曜日
正月の青山通り
テレビでロード・オブ・ザ・リングを一挙に放映というのがあり、10時過ぎから見始めたのですが、日差しがテレビの画面を見難くし、集中力が2時間も続かず、お昼過ぎ昼食を兼ねてに外に出ることにしました。日向は暖かく、日影は寒いので、道を選んで歩きました。青山通りに出てブログ用に何か面白いものはないかとカメラを向けて気がつきました。これが東京というか日本で代表的な通りでしょうか。六本木ヒルズのビルが見えるところは、再開発のためビルが壊された跡でしょうか、一時駐車場に使われていますが、道路の反対側から見るとまるで焼け跡のようです。全くきれいではありません。街路樹を港区が切り倒してこの有様です。スタバやドトールが開いていましたが、サンマルクに入って少し固くなったビザパンとカフェオレにしました。ピーコックでお餅を買い増ししてぶらりぶらりと戻りました。
2010年1月2日土曜日
ウイーンフィル・ニューイヤー・コンサート
2010年1月1日金曜日
あけましておめでとうございます。
地球の息吹を感じる桜島の噴火をバックにフランス語の新年おめでとうとしゃれてみました。今年はフランス語で何か1冊読むことを目標としましょうか。文学ものは難しいのでせいぜい映画のための会話の多いエリック・ロメール監督の原本、「四季の物語」でもと考えています。
近くの金王八幡で初詣をしましたが、寒くて芯まで冷えたので、御神酒(男)、お汁粉(女)を頂いた後、たき火にしばらく当たって戻りましたが、まだだめで、藤山一郎の愛唱歌のような懐かしい歌を聴きながら、インスタントラーメンを食べました。なにやらうちの後輩の事務局長のライフスタイルに似てきました。なにせ私学のノンキャリの鏡のような生活です。と今年も社会を斜めに見ながら笑って過ごしましょう。
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